大正異聞奇譚4
ある休日の日。
父を手伝い、店番をしていると工房から父が出てきて声をかけられた。
「これを届けるのにちょっとついてこい。」
「届けるだけなら1人で行って来るけど?」
「いや、ついてくるだけで良い。お得意様だからな。自分で出向いて渡したいんだ。」
父に連れられ馬車で5分。着いた先は鎌倉の街に映える綺麗な屋敷だった。豪邸と言うほどではないが日本家屋に西洋の建築様式を取り入れたモダンな家であった。父が呼び鈴を鳴らし少し待つと一人の女性が現れた。
「あら、風伯さん。今日はどうなさったんですか?」
女性は色鮮やかな着物に耳隠しと呼ばれる髪型で、絵に書いたような『モガ』であった。
「納屋さんに頼まれた品を持ってきたんですよ。ほら、こちらです。」
父がそう言って手渡した包みを「納屋さん」と呼ばれた女性は開け、中の布を取り出した。
黒と薄桃色のグラデーションに桜の模様が散ったそれはうっとりとするほど美しかった。
「それともう一つ。うちのせがれを紹介しようかと。これからお世話になることも多いと思って。」
父がそう言うと背中をグイッと押され前に出る。
「え、、あ、はじめまして。父がいつもお世話になっています。奈頼の息子の颯と言います。よろしくお願いします。」
「ふふふ、こちらこそいつもお世話になってます。御来屋納屋と申します。これからもよろしくお願いします。」
互いにお辞儀した後、納屋さんは父の方に向き直り
「しっかりした息子さんじゃない。うちの娘と同い年くらいかしら?」
と聞いた。父は、
「おい、お前幾つだ。」
とこちらを見てくる。
覚えてなかったのか…と思いつつ、
「16です。」
と答えた。
「やっぱり同い年ね!今度、話し相手にでもなってあげてくれる?」
「もしかして……御来屋久遠さんですか…?」
「あら?どうして知っているの?」
「この間、少し向こうの喫茶店でお会いして偶然話す機会があったんです。」
「そうだったのね。今度、暇な時に遊びにいらっしゃい。あの子もきっと喜ぶわ。」
「それじゃあ、今日は帰ります。またご贔屓によろしくお願いします。」
父がそう言って帰ることとなった。
帰り道、父が
「御来屋の娘さんと知り合いとはお前も隅に置けない奴だな。」
と言った。
「結局、どうして今日は連れて来られたの?」
と聞くと、
「遠くない将来、お前が店を継ぐならお得意様とはよく知り合ってた方が良いだろ?また他所にもついてきてもらうと思うがよろしく頼むぞ。」
と父は答えた。
それを聞いて、父には父の思惑があることを知る。
自分がこの大正の世の一部として飲み込まれていくのを感じる。
それを喜ぶべきなのか憂うべきなのか、よく分からなかった。