大正異聞奇譚2
「ん…ううん……寒っ」
あまりの寒さに身を起こす。外は地平線が白んでいて、もう朝のようだった。
昨日の夜、あの後も色々と試してみたものの手がかりは得られなかった。「御来屋」も考えてみたけれど何処で聞いたかは分からなかった。むしろ気のせいかもしれないと弱気にもなっていた。
ただ、帰る手段が分かろうとも今すぐに帰れる訳でもない。取り敢えずは今の日常が続くのだ。だから今は高校に行かなければならないと思い布団を出る。
下の階に降りると母が朝食を並べている所だった。
「おはよう、颯。もう少しお待ちよ。」
母に頷いて見せ、机の上に置いてある新聞を手に取り、斜め読みする。1面は政治の内容で面白そうな記事はのっていない。ページをめくってスポーツ、芸能、文化に関する記事も読む。キャラメルの広告がのっている。幼い頃、家族で汽車に乗って東京まで行った時に、母がキャラメルをくれた事を思い出した。
朝食を済まし、制服に着替えて鞄を持って、家を出る。
「気をつけてね。」
「行ってきます。」
そう言って家を出ると、同じく家を出た建御と目が合う。互いに無言のうちに並んで歩き出す。建御は朝に弱い。いつも眠そうで午後になるまでエンジンがかからない(体育がある日はその限りではないが)。帰りに会う時は陽気なのだが、朝は牛のように押し黙っている。そんな調子で二言三言、言葉を交わし学校について別れる。
昼休み。握り飯を頬張っていると廊下からちょいちょいと手招きされる。廊下に出てみると見知った顔が2人いた。1人は建御。もう1人は建御と同じクラスの雅(みやび)だった。
「今日さぁ、放課後一緒にお茶しない?」
「3人で?」
「うん。」
「なんで?」
「本当は建御と二人で良いんだけど、貴方だけのけ者なのは優しくないからよ。」
「何その優しさ…」
「とにかく、放課後行くからね!」
くるっと後ろを向き建御を掴んでズルズルと引っ張っていってしまった。
「相変わらず強引だな。」と独り言を呟く。
雅は建御の遠い親戚にあたり、昔から桑原家によく遊びに来ていた。何故か分からないが建御は雅に頭が上がらないらしく、いつも振り回されていた。
放課後、終業のチャイムと同時に現れた雅に引きずられ昼休みの宣言(?)通り喫茶店に来ていた。
3人でテーブルを囲み、雅はケーキと紅茶を、建御と自分はブレンドコーヒーを飲みながら寛いでいた。こんな風に友達と喫茶店で過ごす事は以前では全く無かった。だから今の生活が充実してないと言うと嘘になる。「こんなことをしてるとこちらに未練が残りそうだ」と思っていた。
そんな事を考えているとカウベルが鳴り、若い変わった男女が入って来た。男は緑色のハットに黒縁のメガネと知的な雰囲気を漂わせている。しかし、よく見ると髪の毛も緑がかっている。一方、女は蜜柑色のコートに赤いマフラー。何より目を引くのは整った顔立ちで鎌倉の街でも中々見られるものではない。
2人はカウンターに腰掛けると、
「マスター、いつもの。」
「またカッコつけよって…。ほうじ茶を頼む。」
「そう言えば、久遠ちゃん…」
どうやら女の方は久遠というらしい。雅の方を向きあの2人は店によく来るのかと聞くと、
「うん。前に1,2回見かけたことがあるけど…どうして?」
「なんだよー。お前一目惚れか?」
「いや、変わった人だなって思っただけ。」
「ふーん、男の人はよく知らないけど、女の人は近くのお屋敷に住んでるみたいよ。」
「そうなんだ。」
「名前はなんだっけな…み、み、未来じゃなくって…えーっと…みき…みく…そう!みくりや!」
「馬鹿!お前、声が大きい!」
時すでに遅し。静かな喫茶店で叫べば聞こえない訳がない。女がこちらを振り返り、
「わしのことか?」
「あ、あはは…ごめんなさい。私もこの近くに住んでいて何度かお見かけした事があるんです〜。」
雅が引きつった笑みで答える。
「彼が貴女のことを聞いて来たので、つい…」
「待て、俺は知ってるか聞いただけだぞ。」
雅がこちらを睨んでくる。
久遠嬢は優雅に振り返りこちらを見つめて言う。
「それで──何か用じゃったかの?」